【ペアリングのための論文解説】日本酒に含まれる酸味と飲用温度の関係性について

2021/09/11

文献コラム

t f B! P L

はじめに

以前は世間一般における日本酒の飲み方の認識は、冷酒or熱燗の2択であったように思います。提供者側も消費者側もそれを受け入れ、どのお酒に対しても一様にこの2択を押し付けてました。大衆居酒屋で見受けられた全自動酒燗機というものは正にこの象徴であったのではないかと思います。

近年になってそこにぬる燗という温度帯での飲み方が市民権を得ていきました。

本来日本酒は同じ醸造酒であるワインやビールに比べて幅広い温度帯で飲用されることが特徴であるとされてきました。ですが、少し前までは必ずしもこの特徴を活かしきれていたのかというと怪しかったのではないかと思います。

全自動酒燗機のイメージ画

日本酒の化学成分(有機酸)

ぬる燗が普及したのは、ぬる燗の温度帯が一番お酒の甘みを引き出すことができるから、という理由からでした。

その根拠として多く用いられてきたのが、ドイツ人のHahnによって測定された「味覚と感度と温度との関係」のグラフでした。このHahnによる測定から、人間の舌は42℃近辺の温度帯で最も甘みを感じやすいという結果が導かれています。

ですが、ここで一つ留意点がありました。このHahnの実験による測定結果ですが、用いられた酸味のサンプルが無機塩の塩酸によるものであったそうです。

対して日本酒の酸味の中心となる有機酸類は乳酸、コハク酸、リンゴ酸の3つの成分だけで全体の80%を占めることが分かっています。

このことから、Hahnの測定結果を盲信して日本酒に当てはめて考えるのはちょっと危険なのではないか?ということも言われていました。

そこで日本酒に実際含まれる有機酸と飲用温度との関係について一歩掘り下げて研究されたのが今回ご紹介する論文です。2009年に日本調理科学会誌に、2011年に加筆されて日本醸造協会誌に発表されています。

Hahnの図

実験結果

3種類の酸のそれぞれ単体での味の変化について

この実験では、まず最初に日本酒に含まれる酸の主成分3つ、乳酸、コハク酸、リンゴ酸を水に溶かしてそれぞれの温度での味わいを実際に人間の舌で味わってみて確認しました。

この結果、以下の結果が得られました。

乳酸…10℃、および37℃~50℃において酸味が強まる傾向がみられ、味は10℃ではギスギスとした刺激的な酸味、37℃から50℃ではまろやかな酸味と評価された。しかし温度が高い場合には酸味が浮き立つといった意見もあった。

コハク酸…低温では一様にやわらかな酸味だったが、20℃からは温度が高くなるに従い酸味が強くなる傾向があった。37℃~43℃においてソフトで柔らかな酸味として高評価が得られた。

リンゴ酸…乳酸、コハク酸程ではなかったが、37℃と43℃で酸味が高い傾向が見られた。10℃において、爽やかでスッキリとした味わいが明確に示された。

2種類以上の酸が混在する場合の味の変化について

・3種の混合溶液においては43℃~50℃において酸味強度が高まる傾向が見られた。

・3種類以外の酸については、クエン酸においてはお燗することにより乳酸菌、コハク酸と同様に酸味がまろやかになる傾向がみられた。

・3種の酸にアルコールを加えた場合は、50℃においては最も酸味が強くなるがバランスが悪く、アルコール臭が感じられた。

・3種の酸にアルコールとブドウ糖を加えた疑似日本酒においては、43℃においては明らかに酸が強く感じられた。

・有機酸以外にアミノ酸について検証を行った。甘み、うま味に変化はなかったが、後味の苦味、収れん味が軽減された。

まとめ

従来使われていたHahnによる無機塩の酸による味覚変化では酸味は温度に寄らず強度が一定であるとのことでした。ですが有機酸をサンプルにしたこの実験では、37℃~50℃というお燗で最も飲まれる頻度の高い温度帯において酸味が最も強く感じられるという結果がでました。

同時に50℃という温度帯での味のバランスの難しさという点も垣間見えました。

この実験結果を踏まえ、お酒1本1本と向き合って適正な温度というものを考えていければと思います。

引用・参考文献

島津 善美・藤原 正雄・渡辺 正澄・太田 雄一郎:清酒に含まれる有機酸の酸味に及ぼす飲用温度の影響,日本調理科学会誌,2009 年 42 巻 5 号 p. 327-333

島津 善美・藤原 正雄・渡辺 正澄・太田 雄一郎:清酒に含まれる酸味と飲用温度の関係,日本醸造協会誌,2011年106巻11号p.747-755

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